宣徽院
大元の官庁の一つ。長官は宣徽使で正3品。 至元15年に正式に置かれた。皇慶元年に院使を3名に増員し、怯薛丹1万人を定め給授を掌る。 その職務は、モンゴル帝国時代のケシクと同様のようなものだったと考えられる。 初代宣徽使はフビライのケシクの長官であったと思われる、綿真であった。