史秉直の弟。大元の右丞相・史天沢の叔父。 |
| 燕の永清出身。史成珪の次子。 1213年秋、兄・史秉直に従い、モンゴルの重臣ムカリの軍門に降る。当時35歳。 兄に代わり軍職につき、金国経略戦で活躍する。 北京(大寧)攻略戦にも参加。1215年遼西の興州攻略戦での功により、義州節度使となる。 北京の事務も任され、のち広寧府留守。1216年、張致を討伐し北京留守となった。 1234年、辞職し新根拠地・真定に帰って余生を過ごした。 なお、その後任は娘婿・張之翼が任された。 以下、史進道の子供。 史天英。史天均。他 長女は北京管民長官・張之翼に嫁ぎ、次女は監軍・張之綱に嫁いぐ。 三女は北京同知・烏古論、六女は奥屯氏に嫁いだ。長男・史天英の妻は蒙古達氏。 |
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