元朝初期の右丞相にして、宣徽使として世祖朝の重職を歴任する。 |
モンゴル、土別燕氏。土薛の子。土薛はオゴディ・ハァンの伐金にトゥルイ麾下の先鋒となる。 綿真、親王時代のフビライの怯薛に入り、御膳を掌握する。ケシクの長官か? 中統元年の北征に怯薛を統括し、右軍を率いてアリクブカ軍と戦った。左軍の将は史天沢。 帰還後、宣徽院の長官である宣徽使となる。中統4年、中書右丞相に上る。 右丞相は翌年までの1年間であったが、宣徽使は至元18年(1281)まで在任した。 1263年、田戸600を賜る。息子であるウルジュートは、世祖朝末期から成宗朝までの右丞相。 |